生と死の意味を問い直す「諸法実相」について
私たちはたいてい、生を善きもの、死を悪しきものとして暮らしています。生きていることに価値があり、死はその価値を奪うものだ、と。
あまりに当たり前すぎて、疑うことすらありません。けれど、本当にそうでしょうか。この問いの前に立つために、まず二千五百年前のひとりの母親の話から始めたいと思います。
ある母親の彷徨
お釈迦様が生きた時代。
キサーゴータミという女性がいました。
たったひとりの幼い息子を病で亡くし、悲しみのあまり正気を失います。冷たくなった我が子を抱いたまま、町じゅうを歩き回り、「この子を生き返らせる薬をください」と訴え続けました。誰もが目を背けるなか、ある人が「お釈迦さまならその薬をご存じかもしれない」と告げます。
すがる思いで釈迦のもとを訪れた彼女に、釈迦はこう言いました。
「では薬を調えよう。ただし、これまで一度も死者を出したことのない家から、芥子の種をもらってきなさい」と。
彼女は希望を抱いて家々を回ります。芥子の種そのものはどの家にもありました。けれど「これまで誰も亡くなっていない家ですか」と問うと、ある家は親を、ある家は連れ合いを、ある家は子を亡くしていて、死者を出したことのない家など、一軒も見つからないのです。
幾日も歩くうちに、彼女のなかで何かがほどけていきました。死は、自分だけに降りかかった理不尽な災いではない。生まれた者はいつか必ず去っていく。それはこの世のすべてに通う、避けようのない真実なのだ。
そう、自らの足で悟ったのです。彼女は息子をしずかに弔い、釈迦のもとで出家しました。
この物語は、しばしば「無常を受け入れる話」として語られます。けれど私には、それだけでは何か足りない気がしてなりません。彼女が触れたのは、ただ「諦めなさい」という教えではなかったはずです。もっと深い、生と死の根っこにあるものに、彼女は触れたのではないか。それを言い表す言葉が、仏教にはあります。「諸法実相」です。
諸法実相ということ
諸法実相(しょほうじっそう)は、「諸法」と「実相」というふたつの言葉でできています。諸法とは、目に映るいっさいの存在と現象のこと。人も、物も、喜びも悲しみも、そして生も死も、ここに含まれます。実相とは、その真実のすがた、ありのままの姿のことです。
肝心なのは、このふたつの関わりかたです。私たちはつい、真理というものを、汚れたこの世界の彼方にある清らかな何か、と思い描きがちです。
けれど諸法実相が説いているのは、その正反対のことです。
真理は現象の向こうにあるのではない。いま目の前に現れている一つひとつの現象が、そのまま真理の姿なのだ、と。
現象と真理を、ふたつに引き裂かない。これがこの言葉の心臓部です。
禅にこういう言葉があります。
「青青たる翠竹はことごとくこれ法身、鬱鬱たる黄花は般若にあらざるなし」
青々と茂る竹も、咲き誇る黄色い花も、そのまま仏の真理のあらわれだ、という意味です。真理はどこか遠くにあるのではなく、この庭先の、揺れる竹のなかにすでにある。生き死にするこの娑婆の現実のただなかに、実相は顕れている。
ここでキサーゴータミに戻りましょう。
彼女の苦しみの根は、どこにあったか。
それは「生」を有るもの・善きものとし、「死」を無いもの・悪しきものとして、ふたつに引き裂いて見ていたところにありました。死さえ消し去れば、子はまた「有る」側に戻ってくる、そう信じたからこそ、薬を求めたのです。
けれど芥子の種の彷徨を経て彼女が触れたのは、生も死も、等しくこの世に通う真実だということでした。死もまた諸法のひとつであり、実相のあらわれなのです。だとすれば、子が生きていたときも、亡くなった後も、その子がたしかに存在したという真実は、少しも損なわれていない。生という相と、死という相は、ひとつの実相の、ふたつの顔にすぎない。相が移っても、実相そのものは奪われない。彼女が悲しみを乗り越えられたのは、何かを諦めたからではなく、子の存在をまるごと引き受け直すことができたからではないでしょうか。
死を締め出した時代
さて、ここから現代の話をしたいと思います。私がこの諸法実相という古い言葉を、いまあらためて問い直したいと思うのは、私たちの時代が、死をどこまでも実相の外へ追い出そうとしているように見えるからです。
その極端なあらわれのひとつが、私には臓器移植をめぐる風景に見えます。誤解のないように申し上げますが、移植医療そのものを否定したいのではありません。問題にしたいのは、その背後に横たわる、ひとつの価値観です。生きていることだけに価値を置く、その一点に立つと、人は何が何でも生の側へと留まろうとします。大金を投じ、海を渡り、あらゆる手を尽くして、我が子だけは助けたいと願う。
その願いそのものを、誰が責められるでしょう。けれど、ここに静かな倒錯がひそんでいます。移植を待つということは、誰かのもとに提供者が現れることを待つということです。そして提供者が現れるとは、どこかで別の誰かが亡くなるということでもあります。我が子の生を祈るその祈りが、構造として、見知らぬ誰かの死を待つ祈りと、表と裏になってしまう。本人にその自覚はありません。だからこそ、根が深いのです。
これは、キサーゴータミの「生き返らせてください」という叫びの、現代における拡大版だと私は思います。彼女の時代には叶わなかった願いが、いまは医療技術と費用という回路を得て、半ば叶えられるようになった。そのぶん、願いの底に隠れていたものが、くっきりと露わになったのです。死を実相の向こうへ追いやった代償が、他者の死へのまなざしとなって、私たちのもとへ還ってくる。
それでも、裁かないために
とはいえ、ここで立ち止まらねばならないことがあります。我が子だけは助けたいというその願いは、煩悩であると同時に、愛の極限でもあるということです。釈迦は、狂乱するキサーゴータミを、愚かだと斥けはしませんでした。その愛の深さをまるごと受けとめたうえで、芥子の種という巧みな手立てで、彼女自身が気づくところへと導いたのです。だとすれば、移植を望む親を「生に執着する者」と裁いてしまえば、私たちは釈迦が決してしなかった切り捨てをすることになります。
それに、同じ移植という場のなかにも、まったく逆の心が宿ることがあります。脳死となった我が子を前に、「この子のいのちが、誰かのなかで生き続けてほしい」と願って提供を決める家族がいます。それは生への執着ではなく、死を実相として引き受けたうえでの、布施にほかなりません。ひとつの現象のなかに、死を拒む執着と、死を受けとめた贈与とが、隣り合って存在している。
ですから、問いの刃をどこに向けるかが肝心なのです。問題は移植という行為そのものではなく、死を実相の外へ追放してしまった、私たちの文化そのものにあります。生だけを真実とし、死を消すべき敵とみなすかぎり、私たちはキサーゴータミの彷徨を、形を変えて繰り返し続けるでしょう。
生と死を、ひとつの実相として
諸法実相が私たちに差し出すのは、死を消すための慰めではありません。生も死も、悲しみも喜びも、そのいっさいが、そのまま真実のあらわれなのだ、という眼差しです。だからこそ、悲しみを無理に消さなくてよい。むしろ悲しみを抱いたまま、その人が生きたという真実をまるごと胸に収めて、なお立ち上がっていくことができる。
生と死の意味を問い直すとは、死を実相のなかへ取り戻すことだと私は思います。死を締め出した時代に、もう一度、死を生と同じ重さで見つめ直すこと。そのとき、私たちは大切な人を失った悲しみのなかでも、その存在の真実が決して奪われていないことに、静かに気づけるのではないでしょうか。揺れる竹も、散る花も、そのまま真理であるように。